カウンセリングにおける「共感」とは

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【番外編】「薬」に頼らない精神治療の実践を~精神科認定看護師 越智元篤氏インタビュー~

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~なぜ日本の精神医療者は多剤併用・大量処方をやめないのか?~

精神科看護師、謀反―極私的「革命」レポート』の著書、
越智元篤氏(39)に会ったのは2018年5月、
薬物療法に関するとある講習会だった。

越智氏は現在、精神科認定看護師として
あちこちの病院や学校等で
より良い精神医療の実践について教えている。

その講習の中、
越智氏は
精神症状を呈する子どもに安易に薬物処方することの危険性
について語っていた。
その正義感溢れる語り口がひじょうに印象的だったので、
後日、私の方から取材を依頼。
越智氏がそう言ったことの理由について語ってもらった。

誤診誤処方を繰り返す精神医療者たち

2013年、
フリーライター嶋田和子氏によって『精神医療に繋がれる子ども達』が出版された。
そこに紹介されているのは、
不確かな診断から抗精神病薬を処方され、
その副作用による症状によって、更なる医師の誤診を招き、
次々薬が足されていく子ども達の実体験である。

「僕が嶋田さんに言った話なんです。
ほとんどが不眠から始まったとか不登校から始まったとかなんです。
それが治療していく内に、診断名が『統合失調症』になっていく。
そんなんばっかりなんです」

統合失調症は、
幻覚、幻聴、妄想、感情の平板化、意欲の低下、等の症状がみられ、
思考や感情、行動のまとまりがなくなる精神障害。
120人に一人の割合で罹るとされている。

「統合失調症…僕はこんな診断名があるとは思ってませんけど」


精神医療は「薬が主体」?

2007年越智は、
精神医療相談を主としたNPO法人「精神医療サポートセンター」を立ち上げた。
活動内容は、24時間対応の電話、メールでの相談。
活動期間は10年あまりになる。
始めた頃は、「月に一本電話が来れば十分」と思っていた越智だったが、
精神科に通う多くの人々から相談が寄せられ、
個人では対応できない程になっていったという。

「その活動を通して、精神医療のおかしな現状に確信を持ったんです。
治療のため病院に行ってるのに、みんなおかしくなっていく」

そこで越智は、
『自己責任』を前置きした上で、減薬をアドバイスすることにした。
すると、
多くの人が回復していったのだ。
だがその話を同じ医療者にすると、
『それは看護じゃない』『そこは医者の領域だ』
という反応が返ってきた。

「もちろん薬で良くなる人もいてますよ。
ただ、精神科の病院では、薬で良くならないケースも多いわけです。
減薬したら、
それまで良くならなかった人が退院していくとか、
薬以外のアプローチで良くなったとか。
そういうことを医者も目の当たりにしてるのに、
『この薬でダメだったらこの薬でやってみようか』って根拠のない多剤大量処方をしている」

精神医療での多剤大量処方。
現代では社会問題ともなっており、
厚生労働省による規制や保険点数減点という対応がなされている。
にも関わらず、
現状は変わっていないという。
 
ここで、抗精神病薬の歴史を簡単に見てみよう。

1952年、外科麻酔のために使われていたクロルプロマジンを、
統合失調症や双極性障害の患者に用いたところ、
幻覚・妄想を鎮静化させる効果が見られた。
その報告を端に、
抗精神病薬は次々と開発されていく。
しかしこの時期の抗精神病薬は、
口が渇く、便秘、身体が無意識に動く(アカシジア)
などの錐体外路症状が副作用にあった。

その後、
ハロペリドール等の、副作用が少ないとされる抗精神病薬が登場。
神経伝達物質ドーパミンD2受容体を遮断する働きによって、幻覚・妄想を鎮静化する。
以降、
『神経伝達物質を司るドーパミン、ノルアドレナリン、
セロトニンの過不足によって感情が失調をきたす』
という仮説が広まっていった。

「それまでは生活療法でリハビリとか薬以外のアプローチもあったのに、
『薬で精神をコントロールできる』と思い込む医療者が出て来た。
精神医療ってそんな風潮があってね。
僕は真っ向から反対することを書いているんだけども」

精神疾患の背後にあるもの

越智は、相談活動を続ける内、
相談者に発達障害やトラウマを持つ者が多いことに気づいた。
発達障害がある人は不器用で、
相手の気持ちを想像できない、場の空気を読めないなどの特性がある。
それゆえ叱られたり、いじめられたり孤立するなど、
対人関係で苦しんでいる者も多い。
トラウマを抱えている者も数多くいる。

同様に、
虐待やネグレクト、不適切な養育環境で育った者も、
適切な対人関係を構築できずトラウマを抱えている。
生命の危機に関わる体験や暴力被害だけではなく、
小さな傷つき体験の積み重ねもまた、トラウマとなるのである。

「小さい時の、飲んだくれた親父の姿、頭をどつかれてほったらかしにされた、
冷たくあしらわれた言葉、いつも家に一人で居てた、
お母さんは知らない男の人を連れてきた、
…これも問題なんです。複雑性PTSDって言うんですけど」

このようなトラウマの症状には、
抑うつ気分、または気分の激しいアップダウン、
被害妄想、パニック、睡眠障害、自傷、自殺企図、幻覚・幻聴(解離)、
社会的ひきこもりなどがある。
一見しただけでは、統合失調症やうつ病の症状との違いが分からない。

「トラウマが精神疾患に影響を与えているって言えるんじゃないですか、一つは。
なのに(医者は)全然向き合わない」

アメリカの研究では、
精神疾患者の実に八割が過去に何らかのトラウマを体験している、
ということが分かっているという。
しかし日本の精神医療現場では、
発達障害やトラウマの存在を考えず、
表に出ている症状だけを見て診断されている。

気分の落ち込みは「うつ病」、
気分の激しいアップダウンは「双極性障害」あるいは「人格障害」、
幻覚・幻聴は「統合失調症」、といったような。

そして診断が誤っている以上、処方薬が効かないことも多い。
しかしそれに対しては、
”薬が少なかったからであろう、もっと合う薬が他にあるのであろう”と、
薬の足し算がなされていく。
それが、多剤併用・大量処方となっていくのだ。

「薬で良くなるんだったらいいですよ、良くならないんですから。
でも医者は
『薬を飲んでるからこれぐらいの状態で抑まっているんだ』って解釈する。
『自分の処方のせいでこれだけ悪くなってる』って思わないんです。
そんなレベルの精神医学ですよ」

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トラウマ・インフォームド・ケア

「薬を使って効果があったとしても、
中・長期的に見た場合、絶対良くならないんです。
ちゃんと見通しを立ててるんだったら話は別ですけど」

根本のトラウマがなくならない限り治らない、とする越智。
精神病院の入院患者がなかなか治らない現状をこう分析する。

「精神症状を発症した人達が(暴れて)強制入院させられる時、
拘束とか、押さえつけられ注射される。
これ自体がトラウマになるんです。
小さい頃のトラウマの記憶も蘇るんで、
それも再びトラウマとして体験されるんです」

因みにトラウマを体験する時は、
脳内では海馬が傷つき扁桃体が興奮する。
交感神経の過覚醒状態となり、
認知機能は減弱、思考機能は低下、
物事の前後関係が考えられなくなる。
興奮するか逃げるか、という
正に『生命の緊急事態』となる。

こうした体験をした患者に対し、病院はどのような対応を行うのか。

「院内では、ルールを守らせようとする、禁止物を預かる、
薬を確実に飲ませる、従わせようとする。
でもこの状況の一つ一つが、
小さい時の複雑性PTSDと、同じような状況を作るんです。

患者がどうなるかというと、
病棟のルールを守れないとか、他人の物を盗るとか、
些細なことで他の患者さんと喧嘩するとか、
心理的退行(幼児返り)が起こるんです。」  

ではトラウマを持つ患者は、
小さい頃の傷ついた時の状態のまま、病院から出られなくなるのでは?

「僕が今やっているのが、トラウマインフォームドケア。すごく実践的なんです。」
越智が熱く答える。

「緊張状態を和らげるような関わりをするんです。
言葉かけ一つ、環境一つ、全てをビクビクさせない状況にし、
プラス、減薬していく。
コミュニケーションスキルとか何かをもって、
トラウマを和らげていってあげるんです」

越智は今、精神病院内を組織横断的に動き、
患者に教育支援的な関わりをしている。
現場での首尾を聞いてみた。
「退院していってます。それも減薬してですよ。」

ある時、
境界性人格障害(ボーダー)と診断されている患者が、臨時の診察を訴えてきた。
しかし越智が主治医に伝えたところ、
『ボーダーの患者はとりつぐな』と、取り合ってもらえなかった。

ボーダー患者は、人を振り回すような言動、
人に見捨てられないための、それこそ自殺企図などの行動をとることもある。
そのため、難治療患者として受け入れを拒む精神病院も多い。

「その子に、
『ちょっと、治す気ある?』って聞いたんです。
『主治医とどう繋がったかで人生左右することがあるから、一緒に考えていってくれへんか』
って話して。
で、薬の勉強とかさせて
信頼関係を作っていったら、
普通の女の子になって退院したんですよ!」

トラウマを意識した関わりをしただけで退院できた人もいた。
長い間保護室と閉鎖病棟の行き来を繰り返していた人が、
開放病棟で過ごせるくらいにまで回復したこともあった。

「これが主となる筈なんです。
薬は必要な時もあるけど、中心軸じゃなくて添えるものなんです」

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越智は、今話題になっているオープンダイアローグにも積極的である。

オープンダイアローグとは、フィンランド発祥の治療法。
患者、医療スタッフが、患者の依頼を受けてから24時間以内に集まり、
対話によって治療方針を決めていくというもの。
入院、薬物は原則として使わない。

だがそれを話すと、
『ここは日本だから』『24時間以内に集まるなんて』
などの声が周囲からあがる。
越智は、それは方法論の表面だけを見ているからだという。

「トラウマを作らない病棟を作ってるってことなんですよ。
物事を決定する時に患者さん抜きで決めない。
医者が偉くて看護師が下、とかなく、みんなが同じ立場でやる。
これ自体がトラウマを作らないわけです。
安心を与える。僕が言っているのはそれなんです」

彼が実践するのは、
患者を傷つけず、薬を軸としない、関わりによる治療的看護。

「抱えてる想いとかしんどさとか体験を聞くことで関係性が作れる。
そこに応えるアプローチが看護だと思うんです。
『イライラするから薬を下さい』『ハイ、どうぞ』って、違いますやん。
話を聞いてあげて『有難う、落ち着きました』って。これやと思うんです」
 
十年間、干されてたというか

地道な実践活動によって成果を上げてきた越智だが、
精神医療界で認められるまでには苦労もあった。

2006年、
越智は精神医療現場の理不尽を突いた『精神科看護師、謀反―極私的「革命」レポート』を出版。
ペンネームで出版したものの、
当時勤めていた病院に知られ、自主退職を余儀なくされたのだ。  

「精神科医の中で有名になってしまって、働けなくなって。
NPOの活動もペンネームでやってたんです。
本名では活動できない時代だったんで。」

仕事を失っても看護師のアイデンティティは失わず、
それゆえのNPO活動でもあった。
その傍ら、精神科認定看護師の勉強に励んだ。
だが精神科看護協会内でも、越智のことは知られており、
要注意人物として囁かれていたという。

「すごく陰口も言われたし。
『また薬のこと言ってる』ぐらいのね。
今は理論的なとこも押さえて実践的なとこも見せて、
診療の補助と療養所の世話を実践に照らし合わせて、文句が言えないようにしてる。
だから影で言う奴はおっても正面で邪魔してくる奴はおれへんので。
協会にも認められてるし、それはもういいんですよ」

専門化して見たらアカン

「僕の中で『答え』って見えてるんです。
薬じゃない、トラウマ和らげるアプローチをどうするか。
何で浸透しないかっていうと、
社会心理学的な問題なんですよ」

こういった現象に向き合わないという、精神医療者の社会心理学的な問題。
それは、医療者が目の前の『ここ』しか捉えていないからだと、越智は言う。

「『現象のスペクトラムにアプローチせよ』って僕はいつも言ってるんです。
多くの精神医療者は、自らの分野にこだわって、他の現象を考えられない。
統合失調症の専門家、発達障害の専門家、鬱病の専門家。
疾患は全部、スペクトラムなんです。
発達障害者も鬱状態になるし、鬱も橋本病とかが関係しているのもあるし。
それを専門家は
『こっちはウチの領域じゃないから』って、平然と言うんです。
自分の分野しか勉強してなかったら、
本当の診断、症状の背景を見落とすのに」

専門家は、自分の知っている分野以外のことを知らない、
という事を踏まえて謙虚に診断にあたるべきなのだ。

「『越智さんはどの疾患の専門ですか』って看護師に聞かれるけど、
どの疾患も全部わかります。
何故かというと、全部いっしょやから。ラベルづけすると、矛盾が出て来るんです」

しかし、多くの医療者が、目の前だけを見て自分の物差しでラベルを貼り、
全て分かった気になってしまっている。
それが、『安易に薬で対処する』治療を生み出すこととなっていくのだ。

ここでとどまっているんだったら、やめた方がいい

「僕が精神医療の形を変えていくしかないかなって。
実践として証明していくことも、学会で問題提起するのもそうだし。
講義で喋って共感してくれる実践者をつくって知識を伝えていく。
まず精神科医と精神科の看護士の認識を少しでも変える。
『実践ってのはこうなんだ』って証明していかない限りは、
いくらそこに素晴らしいドクターがおっても変わらない」

ここまで来て、彼のその想いはどこから来ているのか聞いてみた。

「最初はね、人の苦しみって分かれへんかったから、プライドで看護をやってたんです。
その中で自分の子どもが一人生まれ
二人生まれ三人生まれ四人生まれ…
『生きる』って何なんやって。
それまで余所の子には全く興味なかった。
なのに自分の子どもが生まれたらすごく愛情が湧いたんですよ。
で、自分の成長とともに、
患者さん達にも何とか元気になってもらえないかって。
発狂しているような人達も、
小っちゃい時はこんなことになろうとは想像してなかった、夢も希望も持ってた。
幸せな時があった訳じゃないですか。
そういうのを、医療者はみんな想像できていない。
目の前の今『ここ』だけ見て、患者を厄介者扱いして、
薬を与えたり、叱ったりしてる。
患者が何でそういう行動をするか考えてあげたらいいだけなんですよ。
そしたらそんな対立構造は生まれないですよ。
統合失調症とかラベル貼ることで、
人生を狂わされてる人がいっぱいおるのに。
そこに真摯に向き合ってほしいんですよ。」

ここまでやってきたのだから行けるところまで行かないと、
でないと人生の最後で不全感が残ると言う。

「生き様…じゃないけどね。『患者が軸』ではなく『自分が軸』の視点かも知れないけど。」


二〇一八年五月。
越智は、公認心理士の講習会で、薬物療法について講義を行った。
参考書を棒読みするだけの講師が多い中、
越智は受講者をグループに分け、
ディスカッションさせる形式をとった。

職種は精神科医、看護師、特別支援校教諭、スクールカウンセラー、ソーシャルワーカー
…と実に様々。
夫々の立場から見立てを出し、
患者像とアプローチ法を考えさせる、というもの。

長い講義終了後には
「違う職種の人の見方が新鮮でとても参考になった」という声が会場中に溢れた。

越智のいう『現象のスペクトラムへのアプローチ』が、
また少し広まっていった。


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越智元篤氏の著書:
 

夏バテの理由

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「これだから〇〇は」と言われて

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震災後の人の心理

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相手の言葉を伝え返すということ

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相手の言葉を伝え返すということ

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悪口から見えてくる「その人」

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悪口から見えてくるその人

「あの人、自分を特別な人間だと思っているのよ」
「アイツは頭が悪いからな」

他人から悪く言われたり、
他人のことを悪く言っているのを聞くのは
実に嫌なもの。

相手の「中味」がどうかなんて、
心理テスト何種類使って測っても、
正しくわかるものではありません。
悪口を言っている人は
どれほど相手を
よく知って言っているのでしょうか?

僕は、
誰かが悪口を言っている時、
「この人(言っている人)自身のことが
語られているんだな」
と、思いながら聞いています。

悪口は、言っている人の
『抑えている気持ち』。
(客観的に見てそれが抑えられているかどうかは
ともかく)

以前僕はある音楽のサークルに入りました。
僕は、
義務教育以来音楽をやったことがない
下手くそだったので
その分一生懸命になりました。

そのサークルには
Mさんという人がいました。
会うと必ず
「(アンタは)自分を『特別な人間』だと思っている」と
背後で悪口を言ってきます。

そしてTさんは、
「趣味のサークルなのに 一人だけ真剣にやっているなんてどうかと思う」と、
圧をかけてきます。
そのTさんは、
サークルの子らに内緒で
プロ志望の子が受けるレッスンに行ってます。

Kさんは、
僕のことを『高飛車』と言います。
Kさんは、いつも自慢話ばかりしては
自分が偉いかのように言う人です。

僕の行動が皆に反感を買うものなのだろうかと思いましたが、
Iさんは僕を見て
「誰よりも伝えたい思いを強くもっているんだね」と言います。
Iさんは
音楽をするとき、
伝えようとする姿勢を大事にしています。

Oさんは僕のことを「情熱家」と言います。
Oさんは、一番必要なのは情熱と信じています。

それぞれが、相手(僕)のことを評します。
しかしその評は、
評している本人に当てはまるのです。

僕を「特別な人間面している」と言っていたMさん。
そのMさんは、
レッスンに早く来た時は必ず
自己流に部屋をセッティングをして
それを評価されたがります。

「特別な人間面することを良しとしない人が
そんなことするかぁ?
 Mさんこそが
『特別な人に見られたい』と内心
思っているのでは?」
と、僕は思いました。

悪口は、本人が
それを持っているけど認めたくない、
堂々と表に出せないものを
誰かが持っていることにして、
そしてその誰かを攻撃することなのだと
僕は思います。

それが分かってから僕は、
うかつに人の悪口を言えなくなりました。
悪口を言っている最中に、
「あ~っ これって僕のことでもあるのか」
と、気づいてしまうので、
言う気が失せてしまうのですよ。

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その「歯ぎしり」はどこから?

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「その「歯ぎしり」はどこから?」

「アンタ、最近寝てるとき歯ぎしりしてるよ!」
ある日、身内からこんな苦情を受けました。

歯ぎしり…
ワタシが!?
確かに今月、歯が欠けたり銀歯が取れたり歯のトラブル続き。
まさかそれが原因だったとは。

とりあえず歯医者でマウスピースを作ってもらうことに。
これで歯ぎしりによる歯の破損は防げるはず。

でも、
歯ぎしりは原因のほとんどがストレス。
寝ている時、抑圧された感情を無意識に
歯を食いしばることで消化しているという…。
それもその感情の9割は「怒り」とか!

ならば無意識に抑えられている怒りを
意識してせっせと表に出せば、
抑えられている怒りの量が減り、
歯ぎしりも減らすことが出来るはず!

…と思ったワタシは、
まず思い当たることはないか
歯ぎしりが始まった頃を振り返ってみた。

すると、研修旅行で、
偉そうな同業者(実力はワタシより下!)に下に見られたうえ、
そいつの意見に従ったフリをして
場をやり過ごしたことが 思い出されてきた。

…そうだ、本当はあんな奴にいい顔したくなかった。
私はアイツに、「怒り」を抱いているんだ。

それが分かったワタシは
その日から
ひとりエクササイズの音楽に乗って、
原因となった憎き相手の顔をイメージ。
それに向かって

「偉そうにすんなっ」
「黙れボケ」
「お前の意見なんてズレまくっとるわっ」
と、
悪態をつきながらキック&パンチ。

最初は恥ずかしくてゴニョゴニョでしたが、
やっている内に 気分が良くなってきました。

2日目からは
やるのが楽しくなってきました。

3日目には
パンチキックするのが楽しみになってしまいました♪

しかし残念(?)ながら、
1週間も経たない内に歯ぎしりは消滅。
目論見通りになりました。


身体は、不安やら怒りやらネガティブな感情(汚物)を
自らの内にとどめておきたくないものです。
デトックスしよう!
と、
何とか表に出そうとします。

しかし頭では
そんな嫌な感情を抱いていると思いたくない、
そんな感情を表現したくない、する訳にもいかない、
と、無視したり抑え込んでしまったり。

それが積み重なっていくと、
症状や問題行動といった
身体の表現となって出てくることもあるのです。

気持ちを、声に出して言うこと。
(一人の時でいい。)独り言ではなく
言ってやりたい相手をイメージして、それに向かって言うこと。

言葉にして表に出すようにすると、
症状や問題行動が、代弁する必要がなくなり、自ずと減っていきます。
(特に子どもは顕著です。)

言えることは、癒えること。
歯に「ギリギリ」言わせたりせず、
言葉で
「悔しい~」「あのヤロウっ」「ちくしょう」と、素直に言ってしまおうではないですか。

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心ない「ありがとう」は魔法の言葉?

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心ない「ありがとう」は魔法の言葉?


むかしむかし、
ある駅の駅長さんが、
トイレでの客のマナーの悪さに困っていました。
「トイレはきれいに使いましょう」という貼り紙をしましたが、
まったく効果はありません。
いくら掃除しても
すぐ汚されたり、落書きされたりしてしまいます。
そこで駅長さんは、
貼り紙の文面を
「いつもトイレをきれいに使って下さりありがとうございます」
というものに変えました。
するとそれ以後、
トイレが汚されることが
ずっとずっと少なくなったのだそうです。めでたし、めでたし。

この話が広まったのか、
今や地下鉄やコンビニなどあちこちのトイレで
「いつもきれいに使って下さりありがとうございます」の貼り紙が見られます。

しかしこの「ありがとう」、
いかにも使う側の態度を操作しようという魂胆が見えていて
嬉しい気分になりません。

打算で言う「ありがとう」でも果たして効果があるのか。
その答えを、僕は経験しました。
それは
心のこもらない「ありがとう」が返ってくる、ということです。

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本当にあったウソのような偽薬(プラセボ)

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これ実話です。
本来の「オモシロクナール」はこちら▼
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しかし僕が購入したものは…▼
P2017_0613_182003.JPG
食べると激しい歯痛がしたので瓶を見てみると、こんな絵になってました。
ラベルの絵の効果を無意識に信じてしまった…、ということなのでしょうか。
17012029.JPG
…とにかく、効果があることは分かったので、
今では「シアワセニナール」も買ってきて、そこによく飲む薬を入れています。
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ちなみに偽薬効果は偽薬と分かって飲んでも効果があるそうです。
それならば、やってみて損はないではないですか。
参考:[偽薬とわかっていてもプラシーボ効果が得られることが証明される]


「何歳?」 聞かれているのは年齢ではない。

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クライアントさんから概ね好意を得たらしいときに、よく聞かれる質問があります。
それがこの、「先生っていくつー?」。(主に子ども)
最高記録は 実年齢よりマイナス25歳。
相当、親しみを感じてもらえたようで…。
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ネットで自殺予告を見たとき~相手を死なせないために~

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「ネット上だけの友人」がいるという方は
今や少なくないでしょう。

顔も見たこともない、
文のやり取りだけの友人。

それどころか、
その人のブログやレスを見ているだけ、という
一方通行の場合もあるかもしれません。

それでも自分にとってその人は
心の支えになっている人。

そんな人がいる人は
多いだろうと思います。

しかしある日
その人のブログや掲示板などに
感謝と謝罪の言葉と、
これから自殺するという文が書き込まれている。

…こんな経験が
多くはないでしょうが
少ないわけでもないのです。
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僕ももちろん
そんなことがわが身に起こるとは
思ってもいませんでした。

自分の生活からはほど遠い、
本の中に出てくるような、
言葉だけの事象としてしか
認識していませんでした。

なので目の前に
「自殺」という現象が迫ったときには

何をすればいいのか、
どうしてあげればいいのか、
どう動けばどうなるのか、
本当に死んでしまうのか、
何をするのがいいのか、何が出来るのか。

混乱と葛藤と焦りと無力感、
あまりに強い衝動に同時に襲われ
僕は
感覚が麻痺し
その場でフリーズしてしまったのです。

以降、
二度とあんな苦しみを味合わないよう
「これから自殺する」という書き込みを見つけたときの
僕なりの対応を開発しました。
それをご紹介しておきます。

自殺予告を見た時は
当然ショックを受けます。
しかし、焦る心に
「どうすればいいか分かっているはず」と、
言い聞かせ落ち着かせます。

この時、
相手の状況がどんなに救いようのない不幸なものに思えて、
「このまま死なせてあげる方が相手のためでは…」
という考えがよぎろうと

「100%死を望んでいる人間などいない、必ず1%は生きることを望んでいる」
「自殺は
『今の生き方をリセットしてもっとより良い生き方がしたい』という思いの裏返し表現である」

という、
自殺対応のプロの方が言っていたことを思い出し
気持ちを奮い立たせます。

どこの誰か分からないからどうしようもない
と思っている方もいるかもしれませんが
(現在はあまりいないと思いますが)
警察に通報します。

インターネット上の自殺予告については、
接続業者などの団体が 
発信者の名前や住所を警察の求めに応じて開示する
としたガイドラインを策定しており、
通報を受けた警察が 業者に照会して発信者を割り出すことになっています。
ちなみに2007年に
警察が本人や家族を説得して
自殺を思いとどまらせたり、
病院に運んで救護したりした人は72人。
(毎日新聞の記事を参照)

相手のブログのページアドレス、掲示板のアドレスだけでもOKです。
相手のIPアドレスやホスト先も分かるようなら
それも伝えておきます。

文面から緊急性があると思われる場合は
『心配なので、すぐに生存確認を取ってください』と言っておきます。
あまり緊急性がないと思われると
「明日の朝電話しておきます」と言われてしまうことも。
(警察の対応は、個人差があります。)

通報した後も、
何かしなくてもいいのかという
不安と焦燥感を抱えることになると思います。

その時は、
パソコン画面上のその人の書き込みを見て
強く、全身全霊で、『死なせはしない』と心に念じます。

そして、自分の想いのベクトルが、
パソコン画面(電話の場合も可)の向こうの相手に向かって発され
その人の背後から回って両肩をギュッとを抱きしめ、
それから
自分が相手の背後から耳元に
「死ななくていい」「僕がついてる」と、
囁くイメージをします。

さらに
拍手ボタン、メール、ブログのコメント、
相手とコンタクトがとれる箇所の全てから
「私はあなたに死んで欲しくない」
「あなたが辛い状況にいるのはいたたまれないが、
 それでも私はあなたを失いたくない」と
自分の感じている真剣な思いを送ります。

「自殺を望んでいる人を止めたりしたら恨まれるのでは?」
という不安があるかもしれませんが、
加賀乙彦先生(犯罪心理研究者、精神科医、文学者)の著書
『悪魔のささやき 』(集英社新書)によると、
自殺を止められた人が
「なぜ止めたの、死なせて~!」と怒ることは滅多になく、
大抵の人が
「良かった、助かって」と、
生きていることに安堵するのだそうです。

僕も自殺未遂をした人に何人か会ったことがありますが、
「あの時はちょっとおかしかった」など、
その時の自分を恥じている人ばかりでした。
恨まれる懸念は不要です。

自殺を止めたいと願うのは人間の本能なのです。
本能に逆らう方が不自然です。
自分の内側から来る力の正しさを信じましょう。

自分は相手の『生きたい気持ち』であり、
相手の『生きようとする思い』が、
自分を今この場にこうして引き寄せたのだ、
自分の思いが強くなればなるほど
相手の『生きたい気持ち』も強くなるのだと。

自分の『真剣な思い』を弾に
相手の心に狙いを定め、相手の『死にたい気持ち』を撃ち砕くように、
送信ボタンを押します。

冗談で自殺予告を投稿した方もいるかもしれませんが、
例え冗談であっても「死ぬ」と言っている人は、何らかの辛さを抱えています。
こちらの「死んでほしくない」という真剣な気持ちが伝わると、
自暴自棄な気持ちが怯むのです。

最後に、
「人事を尽くして天命を待つ」。

自分が思いつくことは全てやった、真剣にやった、
「その子にとって一番いいようにしてあげて下さい」と祈って
あとは天の采配にお任せしましょう。

その後どういう事態となっても、
それがその子にとって一番良かったのだと、
自分の心を納得させるためです。

以前僕と交流のあったブロガーさんが
自殺予告を書き込んだ時、
僕はその子の
HPと携帯サイトのメールボックスからメールを、
そして
そのブロガーさんとネット上で交流があったカウンセラーさんに電話して、
そちらからも声をかけてくれるよう頼み、
その後警察に「生存確認をとって欲しい」とお願いしました。

警察の方は即動いてくれたようで
その子を説得し、「自殺しない」と約束させてくれました。

後に
精神薬が切れたことから鬱状態が悪化したためと分かり、
落ち着いた頃には
「一時の気の迷い」「二度としない」と言っていました。
今ではリア充しているようです。

通報すると、
そのブログや掲示板は削除されてしまうので、
その方とのつながりがそこで切れてしまうこともあるかもしれません。

心の支えとなる人の消息が分からなくなるのは辛いでしょうが、
それでも、
「自分が何もしなかったためにあの人は死んでしまったのではないか」
という苦しみを背負うより
ずっと、ずっといいのです。

2012.08.26
インターネットホットラインセンター

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